プロジェクトの「なぜなぜ分析」を深掘りする:真の原因を見つけ出す思考整理のステップ
はじめに:なぜ、私たちのプロジェクトは同じ問題に直面するのか?
プロジェクト推進において、予期せぬ問題や課題に直面することは少なくありません。しかし、その都度、表面的な解決策や対症療法に終始してしまい、根本的な原因が未解決のまま、同じような問題が再発するという経験はないでしょうか。特に複雑なプロジェクトにおいては、問題の構造そのものが見えにくく、どこから手をつければ良いのか迷ってしまうこともあります。
このような状況を打破し、真の課題解決へと導くために不可欠なのが、問題の根本原因を特定し、思考を整理するスキルです。本記事では、その強力なツールの一つである「なぜなぜ分析」を深く掘り下げ、単なる形式的な実施に終わらせず、真の原因を見つけ出すための実践的な思考整理のステップをご紹介します。
「なぜなぜ分析」が単なる形式に終わる理由
「なぜなぜ分析」は、トヨタ生産方式で知られる問題解決の手法であり、「なぜ」を5回繰り返すことで根本原因にたどり着くというものです。しかし、このシンプルさゆえに、以下のような落とし穴に陥りがちです。
- 表面的な原因で思考停止する: 「なぜ」を繰り返しても、深掘りが足りず、すぐに人のミスや能力不足といった表面的な原因で分析が止まってしまうことがあります。
- 責任追及の場になる: 問題の「犯人探し」になってしまい、チームメンバーが本音を言いにくくなり、真の原因が隠蔽されることがあります。
- 論理が飛躍する: 各「なぜ」の連鎖が論理的に繋がっておらず、因果関係が曖昧なまま進行してしまうことがあります。
- 分析が目的化する: 根本原因を特定することが最終目的となり、その後の具体的な改善策やアクションプランへの接続が疎かになることがあります。
これらのつまずきを克服し、実りある「なぜなぜ分析」を行うためには、単なるテクニックではなく、問題解決に向けた「思考のプロセス」として捉え、丁寧に進めることが重要です。
真の原因を見つける「なぜなぜ分析」実践ステップ
ここでは、対症療法に終わらず、真の根本原因を特定し、解決策に繋げるための思考整理のステップを具体的に解説します。
ステップ1:問題の明確化と合意形成
最初のステップは、「何を問題とするのか」を明確に定義し、関係者間で合意することです。漠然とした「進捗が悪い」ではなく、「〇月〇日時点で、A機能の開発が予定より3日遅れている」といった具体的な事象として記述します。
- 具体的な問いかけ:
- 「今、具体的に何が起きているでしょうか?」
- 「その問題は、どのような形で現れていますか?(数値、事象など)」
- 「その問題は、誰にとって、どのような影響を及ぼしていますか?」
この段階で、関係者全員が同じ「問題」を認識することが、その後の分析を円滑に進める上で不可欠です。
ステップ2:表面的な「なぜ」から始め、深く掘り下げる
明確になった問題に対し、最初の「なぜ」を投げかけます。ここからが「なぜなぜ分析」の本番ですが、単に原因を問うだけでなく、「その原因は、さらに何によって引き起こされたのか」という視点で掘り下げを続けます。
- 問いかけのポイント:
- 「なぜ、その問題は発生したのでしょうか?」
- 「その原因が起こったのは、なぜでしょうか?」
- 「その前提となる状況は、なぜそうなったのでしょうか?」
例: 問題: A機能の開発が予定より3日遅れている。 なぜ1: 設計書に記載漏れがあり、手戻りが発生したから。 なぜ2: 設計レビューで記載漏れが見過ごされたから。 なぜ3: レビューチェックリストが不十分で、記載漏れを見つける項目がなかったから。 なぜ4: チェックリストの更新プロセスが確立されておらず、最新の知見が反映されていなかったから。 なぜ5: 新規プロジェクト立ち上げ時、チェックリストの改訂計画自体が作成されていなかったから。
このように、人や直接的なミスに終始せず、「プロセス」「仕組み」「ルール」「計画」といった構造的な側面に目を向けることが、真の根本原因にたどり着く鍵となります。
ステップ3:思考の多様性を確保する質問の技術
分析中に思考が膠着したり、一つの視点に偏ったりすることがあります。そのような場合は、以下の質問テクニックを活用し、多角的な視点から原因を探ります。
- 拡大・縮小の問い: 「他に考えられる原因はありますか?」「もっと大きな視点で見ると、何が影響していますか?」
- 仮定の問い: 「もし〇〇があれば、この問題は起こらなかったでしょうか?」「もし状況が〇〇だったら、どうなっていたでしょうか?」
- 構造・プロセスの問い: 「この問題を引き起こしているプロセスに、抜けや漏れはありませんか?」「関連するシステムやツールに、問題はありませんか?」
- 前提条件の問い: 「この問題の前提となっていることは何ですか?その前提は妥当ですか?」
チームで分析を行う際は、ファシリテーターがこれらの問いかけを巧みに用い、メンバー全員が自由に意見を出しやすい雰囲気を作ることが重要です。
ステップ4:論理的な飛躍がないか確認する
深掘りを進める中で、「なぜ」と「その原因」の間に論理的な飛躍や因果関係の曖昧さがないか、都度確認します。
- 確認のポイント:
- 「その原因がなければ、問題は発生しなかったと言い切れますか?」
- 「その原因は、本当にその問題に直結していますか?」
- 「事実に基づいていますか?推測だけで判断していませんか?」
必要であれば、具体的なデータや証拠を収集し、因果関係を裏付ける作業も行います。この検証プロセスを通じて、表面的な原因と根本原因を明確に区別することができます。
ステップ5:真の原因の特定と、次のアクションへの接続
十分な深掘りと検証を経て、これ以上「なぜ」を繰り返しても有効な原因が見つからない、あるいは改善策を講じるべきと判断できる地点が「根本原因」です。
- 根本原因の判断基準:
- その原因を取り除けば、問題が再発する可能性が著しく低くなる。
- その原因に対して、具体的な対策を講じることが可能である。
- 対策の効果が期待でき、費用対効果も考慮できる。
根本原因が複数特定されることもあります。その場合は、優先順位をつけ、どの原因から対策を講じるかを決定します。そして、特定した根本原因に対して、誰が、何を、いつまでに、どのように実行するか、具体的なアクションプランに落とし込みます。ここまでが、一連の思考整理と問題解決のプロセスとなります。
ケーススタディ:システム開発プロジェクトのテスト遅延
とあるシステム開発プロジェクトで、結合テストフェーズに入ってからバグの検出数が急増し、テスト完了が大幅に遅延する事態が発生したと仮定します。
問題: 結合テストが予定より2週間遅延している。
| なぜ? | 考えられる原因 | 掘り下げの視点(思考整理のポイント) | | :------------------------------------------------ | :-------------------------------------------------------------------------- | :--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- | | なぜ1: テストで検出されるバグ数が多いのか? | プログラムの品質が低いから。 | まず表面的な原因を特定。 | | なぜ2: プログラムの品質が低いのか? | 単体テストの実施が不十分だったから。 | 品質管理プロセスに目を向ける。 | | なぜ3: 単体テストの実施が不十分だったのか? | 開発者のテストに対する認識が甘く、テスト時間が不足していたから。 | 個人のスキル・認識、またはプロセス運用に焦点を当てる。 | | なぜ4: 開発者のテストに対する認識が甘かったのか? | テストフェーズに入るまで、テストの重要性や具体的な実施基準が明確に伝えられていなかったから。 | 計画・コミュニケーションの不足に焦点を当てる。 | | なぜ5: テストの重要性や基準が伝えられていなかったのか? | プロジェクト計画段階で、品質保証計画やテストガイドラインが十分に策定・共有されていなかったから。 | 根本原因(構造・計画の不備)。 個人に起因するのではなく、プロジェクト全体の計画プロセスに問題があったことを特定できた。 |
このケースでは、「品質保証計画やテストガイドラインが十分に策定・共有されていなかった」ことが根本原因として特定されました。これに対する具体的なアクションは、今後同様のプロジェクトで品質計画を早期に策定し、開発チームへの説明と合意形成を徹底することなどが考えられます。
「なぜなぜ分析」をチームの思考整理に活かすヒント
「なぜなぜ分析」は、個人の問題解決能力を高めるだけでなく、チーム全体の思考力を向上させる強力なツールとなります。
- 心理的安全性の確保: メンバーが「なぜ」と問われることに対し、責任追及ではなく「より良い解決策を見つけるため」というポジティブな意図を感じられる環境を作ることが重要です。オープンな対話を奨励し、建設的な議論ができる雰囲気作りを心がけましょう。
- ファシリテーションの役割: 分析の進行役は、特定の意見に偏らず、多様な視点からの発言を促し、議論が深掘りされるように支援します。個々の発言を否定せず、深掘りのための質問を投げかけるコーチング的なアプローチが有効です。
- 「失敗」を学びの機会に: 問題発生を責めるのではなく、なぜそれが起こったのか、どうすれば次に活かせるのか、という学習の機会と捉える文化を醸成します。これにより、チームは自律的に問題解決に取り組む力を養うことができます。
まとめ
プロジェクトで発生する「つまずき」は、多くの場合、その裏に隠れた根本原因が存在します。対症療法に終始せず、真の原因を特定するためには、「なぜなぜ分析」を単なる形式ではなく、体系的な思考整理のプロセスとして活用することが不可欠です。
本記事でご紹介したステップと質問の技術は、問題の表層に留まらず、その根源にある構造やプロセス、計画の不備といった本質的な課題に目を向ける手助けとなるでしょう。この思考法を日々の業務に取り入れ、チーム全体で実践することで、課題解決能力は飛躍的に向上し、よりレジリエントなプロジェクト運営が可能となります。あなたのリーダーシップにおいて、「なぜなぜ分析」を単なる分析手法から、チームの成長と問題解決を促進する強力な思考整理ツールへと進化させてください。