リーダーのための、チームの「つまずき」を早期発見し、自律的解決を促すコーチング質問術
チームの「つまずき」を見過ごさないリーダーシップ
プロジェクトを円滑に進める上で、チームメンバーのパフォーマンスは不可欠です。しかし、予期せぬ問題やコミュニケーションの摩擦、タスクの停滞など、チームの「つまずき」は常に発生しうるものです。リーダーとしては、これらの兆候を早期に察知し、対症療法に終わらず、根本的な解決に導くことが求められます。
本稿では、経験豊富なプロジェクトマネージャーやチームリーダーの皆様が、チームのつまずきを効果的に発見し、メンバーが自律的に解決策を見出すよう促すための「観察力」と「コーチング質問術」に焦点を当てて解説します。
1. チームの「つまずき」を早期発見するための観察ポイント
チームのつまずきは、明確な形で表面化する前に、様々な兆候として現れます。これらの微細なサインを見逃さない「観察力」が、問題が深刻化する前に対応するための鍵となります。
1.1. メンバーの言動・非言語コミュニケーションの変化
- 発言量の変化: 会議での発言が減る、質問しなくなる、あるいは逆に不平不満が増える。
- 表情・態度: 表情が硬い、元気がない、視線が合わない、ため息が多いなど。
- 姿勢・行動: 集中力がない、タスクに取り掛かるのが遅い、デスクに向かう時間が減る。
1.2. タスクやプロセスの進捗における変化
- 報告の遅延や内容の変化: 進捗報告が遅れる、曖昧になる、具体的な課題が共有されない。
- 品質の低下: 成果物の品質が一時的に低下する、ミスが増える。
- 協力体制の変化: 他のメンバーとの連携がぎこちない、協力要請が減る。
1.3. チーム全体の雰囲気の変化
- 情報共有の停滞: チーム内での情報共有が不足し、認識齟齬が増える。
- 会議の質の低下: 建設的な議論が少なくなる、ネガティブな意見が増える。
- 特定のメンバーへの集中: 特定のメンバーに仕事が集中し、他のメンバーがサポートしない。
これらの観察ポイントは、個々のメンバーだけでなく、チーム全体の状態を把握するための重要な手がかりとなります。日頃からメンバーとの接点を持ち、信頼関係を築くことが、こうした変化に気づく土台となります。
2. 「つまずき」の根本原因を特定するための思考整理
つまずきの兆候を捉えたら、次にその根本原因を探ります。表面的な問題解決に終始しないためには、多角的な視点から原因を深掘りする思考整理が不可欠です。
2.1. 個人レベルの原因
- スキル・知識の不足: 新しい技術や業務プロセスへの理解不足。
- モチベーションの低下: 達成感の欠如、目標設定の不明瞭さ、評価への不満。
- 個人的な課題: プライベートな問題が業務に影響を与えている可能性。
2.2. コミュニケーション・人間関係レベルの原因
- 情報共有の不足: 必要な情報が適切に伝わっていない、あるいは共有されない。
- 認識の齟齬: 役割や期待値、タスクの要件に対する認識のずれ。
- 人間関係の摩擦: 特定のメンバー間での衝突や不信感。
2.3. プロセス・システムレベルの原因
- 業務プロセスの不備: 無駄な工程、不明瞭な手順、非効率なワークフロー。
- ツール・環境の問題: 利用ツールの使いにくさ、必要なリソースの不足。
- 役割・責任の不明確さ: 誰が何を担当するのか曖昧で、責任の所在が不明確。
2.4. 組織・文化レベルの原因
- リーダーシップの不足: リーダーからの明確な指示やサポートがない。
- 組織文化: 心理的安全性が低い、失敗を許容しない文化。
これらの原因は一つではなく、複数絡み合っていることがほとんどです。次に示すコーチング質問術を通じて、メンバー自身にこれらの原因を深く内省させ、思考を整理する機会を提供します。
3. 自律的解決を促すコーチング質問術
リーダーの役割は、単に答えを与えることではなく、メンバーが自ら考え、解決策を見出すためのサポートをすることです。以下に、そのための具体的なコーチング質問術をご紹介します。
3.1. 傾聴と共感による信頼関係の構築
まず、メンバーが安心して話せる環境を整えます。相手の話を遮らず、最後まで耳を傾け、共感を示すことで、信頼関係を深めます。
- 「何か困っていることはありませんか?」
- 「最近、少し元気がないように見えますが、何かあったのでしょうか?」
- 「話せる範囲で構いませんので、状況を聞かせてもらえますか?」
3.2. 状況と課題を深掘りするオープンクエスチョン
具体的な状況や問題の認識を深掘りするためのオープンクエスチョンは、メンバー自身の内省を促し、根本原因に気づかせる効果があります。
- 「具体的に、今何が起きていると感じていますか?」
- 「その状況について、あなたはどのように考えていますか?」
- 「この問題で、最も影響が大きいと思われるのは何でしょうか?」
- 「これまでの経緯で、特に気になっている点はありますか?」
- 「この問題の発生には、どのような要因が絡んでいるとお考えですか?」
3.3. 解決策の探求と行動計画の策定を促す質問
課題が明確になったら、次は解決策の検討と具体的な行動計画に繋げるための質問です。選択肢を広げ、自律的な解決を促します。
- 「この状況をどう変えたいですか?理想の状態はどんなものですか?」
- 「その理想の状態に近づくために、どのような選択肢が考えられますか?」
- 「それぞれの選択肢のメリットとデメリットは何だと思いますか?」
- 「もし、何でもできるとしたら、何をしてみたいですか?」
- 「その目標達成のために、まず何から始めるのが良いと思いますか?」
- 「次にどのような具体的な行動を起こしますか?いつまでに実行しますか?」
- 「その行動を妨げる可能性のあるものは何だと思いますか?それに対して、どう対処しますか?」
3.4. リーダーとしての支援とコミットメントを示す質問
メンバーが一人で抱え込まず、リーダーやチームからのサポートを求めやすいよう、支援の意思を明確に伝えます。
- 「私が何かサポートできることはありますか?」
- 「この件で、チームとしてどのように関わることができそうでしょうか?」
- 「もし困ったことがあれば、いつでも相談してください。」
4. 実践的なケーススタディ:タスク停滞に悩むメンバーへのアプローチ
ここでは、具体的な状況を想定し、上記の質問術がどのように活用されるかを示します。
状況: メンバーのAさんが担当する重要なタスクの進捗が滞り、締め切りが迫っています。Aさんは会議で発言が少なく、表情も冴えません。
リーダーの対応例:
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アプローチ(傾聴と共感):
- リーダー:「Aさん、少しお話できますか?最近、〇〇のタスクで何か困っていることはありませんか?」
- Aさん:「いえ、特に…大丈夫です。」
- リーダー:「そうですか。ただ、少し元気がないように見えたので心配で。もし話せることなら、いつでも聞かせてもらえますよ。」
- (数日後、Aさんがリーダーに話しかけてきた)
- Aさん:「実は、〇〇のタスクで少し手こずっています…。」
- リーダー:「そうでしたか。教えてくれてありがとう。何が起きているのか、詳しく聞かせてもらえますか?」
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状況と課題の深掘り(オープンクエスチョン):
- リーダー:「具体的に何が一番Aさんを悩ませていますか?」
- Aさん:「必要な情報が社内の別部署からなかなか出てこなくて、次のステップに進めないんです。」
- リーダー:「なるほど、情報収集で停滞しているのですね。その状況について、Aさん自身はどのように考えていましたか?」
- Aさん:「何度も催促しているのですが、対応してもらえず、どうしたら良いか分からなくなってしまって…。」
- リーダー:「これまで、どのような対応を試してきましたか?」
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解決策の探求と行動計画(促す質問):
- リーダー:「この状況をどのように改善したいですか?理想の状態はどんなものですか?」
- Aさん:「とにかく早く情報が欲しいです。それが手に入れば、すぐに次の作業に移れます。」
- リーダー:「情報収集を早めるために、他にどのような選択肢が考えられますか?」
- Aさん:「上司経由で再度依頼する、別ルートで情報を探してみる、ですかね…。」
- リーダー:「それぞれの選択肢のメリットとデメリットは何だと思いますか?」
- Aさん:「上司経由だと確実に動いてもらえそうですが、Aさんの手を煩わせてしまう。別ルートは時間がかかるかもしれません。」
- リーダー:「では、まず何から始めるのが一番良いと思いますか?」
- Aさん:「やはり一度、私の上司にご相談してみるのが一番確実かもしれません。」
- リーダー:「分かりました。では、いつまでに上司に相談する予定ですか?」
- Aさん:「今日の午後には相談してみます。」
-
リーダーとしての支援:
- リーダー:「相談する際、もし私からの補足説明が必要であれば、遠慮なく言ってください。また、もしそれでも情報が得られなければ、別の方法も一緒に考えましょう。」
このように、リーダーは直接的な解決策を与えるのではなく、適切な質問を通じてメンバー自身の思考を整理させ、行動を促すことで、問題解決能力の向上と自律性の促進を図ることができます。
5. リーダーシップと問題解決の結びつき
チームのつまずきを克服するためには、リーダーの観察力、分析力、そしてコーチング能力が一体となって機能することが重要です。
- 信頼関係の構築: メンバーが安心して課題を共有できる心理的安全性の高いチーム環境を築くこと。
- 学習と成長の機会: つまずきを単なる問題として捉えるのではなく、チームと個人の学習と成長の機会と位置づけること。
- リーダー自身の自己認識: 自身のリーダーシップスタイルがチームに与える影響を理解し、常に改善に努めること。
リーダーが率先してこのアプローチを実践することで、チーム全体の問題解決能力が向上し、予期せぬ困難にも柔軟に対応できる強固な組織へと成長していくでしょう。
まとめ
チームのつまずきは、プロジェクト進行において避けられない課題ですが、リーダーの適切な観察とコーチング質問術によって、早期発見と自律的解決へと導くことが可能です。メンバーの微細な変化に気づく「観察力」、根本原因を多角的に分析する「思考整理」、そして、メンバー自身が解決策を見出す力を引き出す「コーチング質問術」を習得することは、リーダーとしての重要なスキルとなります。
本稿でご紹介したフレームワークや質問術を日々のチームマネジメントに活用し、つまずきを克服する強いチームを築いていきましょう。